top of page

古代への夢

悠久の時を越えて

ホーム: ようこそ!

集え、歴史好き

すべての道は古代に通ず

真の歴史とは原資料を見ること。
歴史のカケラを共に見ていこう。

ホーム: 私について

なぜ今、古代なのか?

求める答えが古代にある。そんな気がした。

何に対しても無気力だった私が、唯一熱心に打ち込めるものが古代文明だった。何の目標もなく、呆然と時間が過ぎていくだけの日々。漠然とした将来の夢さえなく、自分が何になりたいのか、何をしたいのかさえわからなかった。

そんな時、古代ローマの貨幣と出会い、その小さな塊を手の平に載せたあの日から私の人生は変わった。モノクロの世界がカラーに色づいていったあの高揚感は今でも忘れない。銅貨に刻まれたローマ皇帝アウグストゥスの横顔は、私に想像以上のことを教えてくれた。貨幣は小さなものだが、その背後に膨大な記憶を背負っているのである。小さなローマコインが、私の人生を180度変えてしまった。だから貨幣は、私にとって特別な立ち位置にある。

貨幣を皮切りに、土器やガラス器、青銅器、印章などにも興味を持つようになった。興味の幅もローマからギリシア、中近東、中南米にまで及ぶようになった。地域が異なれば当然、文化や造形も異なる。だが、不思議と共通している点もある。民族的な関わりを持っていないはずのエジプトとアンデスの色遣いが酷似していたり。

なぜだろう?人間はいつだって考えるところから始まる。考えることは文化の理解に繋がり、そして最終的には人への思いやりに繋がる。そんな気がしている。だからこそ今、私たちには古代が必要なのだと思う。

ホーム: ギャラリー

古代人が遺したもの

考古遺物は真実を語る

古代人が遺したものには、彼らの思いが宿っている。彼らは何を考え、ものづくりを行ってきたのか。古代の遺物からは、当時生きていた人々の様々なことをうかがい知ることができる。同時に彼らが遺した品々は美しさに溢れ、人々を魅了する。その造形美に多くのアーティストが影響を受けてきた。人は古代より始まり、現在に至る。古代を知ることは、現在の私たちを知ることに他ならないのである。

アレトゥーサ.png

貨幣

精霊アレトゥーサの4ドラクマ銀貨

貨幣に刻まれた図像や文字からは、古代の人々の思想・宗教・生活などを知ることができる。また、金属という頑丈な材質でつくられていることもあり、比較的良好な状態で残っていることから謎を解き明かす上での有力な資料となる。

幾何学文円筒壺.png

​土器


先インダス期の幾何学文円筒壺

人間は太古より、粘土を形成して焼き固める土器を制作してきた。土器は生活用品としても利用されたが、宗教的な役割を強く持った副葬品としてつくられることもあった。

オイノコエ.png

ガラス器

イスラームの三葉口水注

ガラスは、前2500年頃にメソポタミア(現在のイラク)で誕生したと考えられている。当時のガラスは有色不透明で、貴重な品だった。しかし、1世紀頃にローマ帝国領のシリアで吹きガラスの技術が開発されると、大量生産が可能になり、安価で供給されるようになった。ガラスは500年以上地中に埋まっていると、銀化という表面が美しく光り輝く化学現象が起こる。

山羊ピン.png

青銅器

ルリスタンの山羊形ピン

古代において青銅製品は高級品だった。青銅は銅に錫を加えた合金だが、実は錫は採取できる地域が限られており、どこでも採れるわけではない。それゆえ、青銅製品をつくるためには、錫を外部から調達しなければならない地域もあった。それはつまり、太古より交易ルートが確立されていたことを物語ってもいる。

インダス式印章.png

印章

インダス式印章

印章は商人が荷物の取引を行う際に用いた。泥封といい、粘土に印章を押し付けて利用した。印章には様々なヴァリエーションが素材し、素材も豊富だった。幾何学文様や動物、文字などが表された。そうしたモティーフが何を意図して表されたのか不明なものも多いが、身分や持ち主の名、荷物の内容などを示していたのではないかと推測されている。

17-1コプト織.png

織物

コプト織

植物の繊維を利用して、人間は織物をつくり続けてきた。古代エジプトでは亜麻を用いた織物産業が盛んで、ローマ帝国をを始めとした各地域へと頻繁に輸出を行なっていた。織物は衣服等の生活用品だけでなく、死者に捧げた副葬品としても製造された。シンプルなデザインのものから、神や人間、動植物などを表した芸術的なものまで存在している。

気が遠くなるほど昔につくられたこうした品々たち。現在、無事に残っていること自体が奇跡のように思える。
それは、私たちの先祖が遺してくれた贈り物といえるだろう。

ホーム: カタログ
ホーム: ブログフィード
bottom of page